卵子提供体験談'04〜'00体験談

M様(44歳)からのメッセージ

私たち夫婦が最愛の一人息子を病気で亡くしたのは、私が34歳のときでした。周りからは一人産んでいるのだからまた出来るよと励まされながら10年間不妊治療を続けました。同い年の人たちの中にはもう孫のいる人もいたり、家族からは“子供”という言葉は年月を重ねる度になくなってきました。

日本の医師から「もらい子」という言葉が出るようになったのが私たち夫婦が卵子提供プログラムに関心を持ったきっかけでした。
IFCのスタッフの方が気軽な気持ちで米国へ遊びにいらしてくださいとのお言葉をくださり、私たちも老後生活への第一歩のつもりで初めて米国本土へ足を踏み入れました。

米国のドクターとのお話で私が実感したことは、子供はもう望めないと日本で思い続けていたのにここでなら子供が抱けると直感したことでした。英語なんて中学校の時の授業で習った程度でした。そんな私にも今年かわいい赤ちゃんをこの胸に抱くことが出来ました。

今このプログラムを思い返すと、私たち夫婦、IFCの方々と一緒に臨んで本当に良かったと思っております。